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エジプトの『太陽の船』が日本の古墳に描かれている

2017年12月2日 - サプライズ, 歴史, 科学, 学ぶ

珍敷塚古墳

古代エジプトの壁画と、日本の古墳時代の壁画の、恐ろしいほどの一致が見つかっています。エジプトの壁画はルクソールの『センネジェムの墓(Tomb of Sennedjem)』に描かれた『太陽の船』です。

太陽の船

日本の古墳時代の壁画は、福岡県うきは市の『珍敷塚古墳(めずらしづかこふん)』の壁画です。

太陽、人物、鳥、舟の構図は、偶然では考えられない一致です。たまたま絵のパーツがそろうことはあっても、配置や向きが同じというのは、元の『太陽の船』の絵を見ていないと不可能ではないでしょうか?

エジプトの絵は約3200年前、日本の絵は約1500年前なので、2つの絵が描かれた間には1700年の差があります。いろいろなメディアで「日本人のルーツはエジプトだ」などのトンデモ説に結び付けようとする向きもありますが、それはちょっと強引すぎ(笑)

ただ、「エジプト旅行した人物、あるいはエジプトにいた人物が日本に渡って来て描いた」という説もちょっと無理があるのです。というのはセンネジェムの墓が発見されたのは1886年のことであり、ほとんど盗掘にあっていません。日本の壁画が描かれたころに、1700年前に封印されたエジプトの絵を見た人物などいるわけはないし、仮にある一族が言葉や文字で語り継いだとしてもこれだけそっくりには描けないでしょう。

両方の絵の間にはおそらくミッシングリンクの絵があるに違いありません。1つか無数かわかりませんが『太陽の船』を描いた絵がどこかにあるのではないでしょうか?

実は、古代エジプトと日本は太陽信仰だという共通点があります。意外なことに、世界の中では太陽信仰はそう多くありません。日本に太陽信仰が生まれた(伝わった)過程の中に『太陽の船』の絵が含まれていた可能性があります。日本の初期の太陽信仰がどうであったのか?卑弥呼(日御子)さんがいたら聞いてみたいですね。